2012年01月24日
2010ヨーロッパ遠征 -12- Bad Brezig
2011年のBad-Brezig National Seniorは準決勝の金曜日ダブルスの決勝を行い第2シードのJurgen Ackermann,Klaus-PeterKampschulte組に76、41retで優勝しました。どうもドイツの試合はあまりダブルスが盛んではないらしいがここはとりあえず8ドローあってトーナメントになりました。結構相手も上手で競りながらタイブレークを取るとセカンドセットは相手の一人が足を肉離れしてリタイアでした。商品はお金ではなく地元のワイン3本でした。

その夜コートサイドでフランス人、ドイツ人他結構多国籍ナプレーヤーで酒盛り、その後町に繰り出しオーストラリアの友人の一人にワインバーなるものに連れていかれました。
何故か店内は花だらけ、マスターがマイクを持って司会を務めて大騒ぎ、お客はBad-Braizigらしく70歳くらいのおばさまばかり、なんとも言えない状況でした。庶民的で値段も安いですがなんか変なワインで酔ってしまいました。

という訳で不覚にも飲みすぎの決勝戦、相手はドイツのナンバー3、Lutz Groeger選手、背は同じくらいですが超パワフルストローク、まともに打ち合ってたらフォアハンドが強烈でぶっ飛ばされてしまう。ファーストセットやはりパワフルで思いっきり跳ね上がってくるボールに対応しきれずアプローチショットを打ってネットを取る展開にならず36で落とす。セカンドセットに入りようやく跳ねて来るボールをライジングでカットできるようになり、少しずつ相手のミスを誘えるようになった。ファーストからネットダッシュを繰り返しているのでコートのセンターがイレギュラーバウンドが多くなったので、強引にセンターにスライスを打ち、センター勝負していったのが効を奏してセカンドセット62、ファイナルセット、しっかりコート整備をされ水がまかれて遅くなり僕にとっては最悪の状況、まして気分が悪く朝食があまり食べれなかったことで体力不足で走り回れなくなり、残念ながら押されてしまい26、ちょっと残念でしたがやはり彼は強かったです。

彼はケルンのポリスらしくしっかりしてました。また世界選手権で会うことでしょう。実際2011年のクライストチャーチの世界選手権、地震のときプレーしてたのは彼がキャプテンのドイツチームでした。
ーto be continued -

その夜コートサイドでフランス人、ドイツ人他結構多国籍ナプレーヤーで酒盛り、その後町に繰り出しオーストラリアの友人の一人にワインバーなるものに連れていかれました。
何故か店内は花だらけ、マスターがマイクを持って司会を務めて大騒ぎ、お客はBad-Braizigらしく70歳くらいのおばさまばかり、なんとも言えない状況でした。庶民的で値段も安いですがなんか変なワインで酔ってしまいました。

という訳で不覚にも飲みすぎの決勝戦、相手はドイツのナンバー3、Lutz Groeger選手、背は同じくらいですが超パワフルストローク、まともに打ち合ってたらフォアハンドが強烈でぶっ飛ばされてしまう。ファーストセットやはりパワフルで思いっきり跳ね上がってくるボールに対応しきれずアプローチショットを打ってネットを取る展開にならず36で落とす。セカンドセットに入りようやく跳ねて来るボールをライジングでカットできるようになり、少しずつ相手のミスを誘えるようになった。ファーストからネットダッシュを繰り返しているのでコートのセンターがイレギュラーバウンドが多くなったので、強引にセンターにスライスを打ち、センター勝負していったのが効を奏してセカンドセット62、ファイナルセット、しっかりコート整備をされ水がまかれて遅くなり僕にとっては最悪の状況、まして気分が悪く朝食があまり食べれなかったことで体力不足で走り回れなくなり、残念ながら押されてしまい26、ちょっと残念でしたがやはり彼は強かったです。

彼はケルンのポリスらしくしっかりしてました。また世界選手権で会うことでしょう。実際2011年のクライストチャーチの世界選手権、地震のときプレーしてたのは彼がキャプテンのドイツチームでした。
ーto be continued -