2008年08月27日
2008 Queensland State Championships
今年もクイーンズランド州選手権に7月の1週目に参加してきました。 今年は福山の上本選手と一緒に参加したのでダブルスが組めるので楽しみにしていたのですがゴールドコーストの今年の冬は毎日雨、45歳と50歳両方エントリーしていたのに両方キャンセルになってしまい残念でした。というわけでシングルスだけになってしまいましたが50歳はかなりオーストラリアの上位選手が出ていてかなりきついドローでした。 僕が第3シードでその下にキャンベラの決勝で今年負けたRicky Genge選手が入ってました。 とりあえず1,2回戦を勝ち上がり準々決勝でRickyと今年2度目の対決。 キャンベラでは彼の家に招いてくれる仲なのでやり難かったのです。 毎日雨で順延して結局、小雨交じりの夜7時スタートというナイトゲームで2セットマッチという最悪条件下で行はれました。 最初からお互いサーブアンドボレーの応酬で進みファーストセットは6-4、セカンドセットも5-4,6-5とセットゲームがありながらさすが簡単には勝たしてくれずタイブレークまで持ち込まれ5-5からやっと2つ取って7-6(5)という超際どい勝利でした。
そして準決勝は第1シードのBruce Osborne選手、実は彼1998年イギリスで行われた世界選手権に僕が始めて世界の試合に行ったとき彼とダブルス2回戦で対戦して、彼の紹介でオーストラリアのナショナル選手権に出るようになったという、いろいろお世話になった人です。メルボルンで教頭先生をやっていて今はオーストラリアの50歳の代表チームの監督をやってる人です。今オーストラリアチームは50歳の世界1なので選手層が厚いです。というわけで挑戦者としてサーブアンドボレー、リターンダッシュで攻め続けました。さすがサーブが速くそして重くなかなかチャンスがなかったのですが3-3からの7ゲーム目ワンチャンスをものにして自分はオールキープで6-4、セカンドはますます相手のサーブが良くなり3-6で落としセットオール、ファイナルタイブレークも8-8までしがみついたのですが8-10という悔しい結果になってしまいました。ちょっと残念でしたがあの10年前から比べたらだいぶ食らいついていけるようになってきたので、もう少し攻撃の質とバリエーションを高めないと、と感じていました。
結局決勝で第4シードのニュジーランダーが勝ちました。
いつもブリスベンでお世話になってるドレーク夫妻宅からの高層ビルからのブリスベンの夕暮れはいかがですか
P.S. 8月21日発売のテニスマガジンの私の履歴書という記事に僕のテニス始めてからの略歴が掲載されてますので
ちょいと見て下さい

そして準決勝は第1シードのBruce Osborne選手、実は彼1998年イギリスで行われた世界選手権に僕が始めて世界の試合に行ったとき彼とダブルス2回戦で対戦して、彼の紹介でオーストラリアのナショナル選手権に出るようになったという、いろいろお世話になった人です。メルボルンで教頭先生をやっていて今はオーストラリアの50歳の代表チームの監督をやってる人です。今オーストラリアチームは50歳の世界1なので選手層が厚いです。というわけで挑戦者としてサーブアンドボレー、リターンダッシュで攻め続けました。さすがサーブが速くそして重くなかなかチャンスがなかったのですが3-3からの7ゲーム目ワンチャンスをものにして自分はオールキープで6-4、セカンドはますます相手のサーブが良くなり3-6で落としセットオール、ファイナルタイブレークも8-8までしがみついたのですが8-10という悔しい結果になってしまいました。ちょっと残念でしたがあの10年前から比べたらだいぶ食らいついていけるようになってきたので、もう少し攻撃の質とバリエーションを高めないと、と感じていました。

結局決勝で第4シードのニュジーランダーが勝ちました。
いつもブリスベンでお世話になってるドレーク夫妻宅からの高層ビルからのブリスベンの夕暮れはいかがですか

P.S. 8月21日発売のテニスマガジンの私の履歴書という記事に僕のテニス始めてからの略歴が掲載されてますので
ちょいと見て下さい
2008年05月21日
2008 ACT Championships No.3
今年のACT Championshipsは例年のようにEaster weekendに行われましたが特に今年は木曜の夜キャンベラに到着ということでなにも店が開いていないのではないかという心配があったのですが、まさに予想的中でした。クリスマスホリデイとともにイースターは国民の休日で金曜日はスーパーマーケットまで閉まってます。レストランもなかったのですが地元の会員制ソシアルクラブに会員と同伴してもらいそこで食事してました。日本人には馴染みないですが地元の地位ある人々が集まって遊ぶところでレストラン、カジノ、スポーツバーそしてビリヤードなどの施設があります。なかなか外国人では入れないのでいい経験でした。

土曜の夜はデイナーパーティーでミックスのペアーJacquiとダブルスパートナーSteveとの一枚です
さてシングルスですがQFまでは順調に勝ち上がり準決勝はシドニー在住のMr.Denis Love名字が愛とはなかなかです
フォア一本勝負のプレーヤーで6161で勝ちました。
決勝の相手は去年と同様Ricky,去年は勝ちましたが接戦でした。ところが今年は決勝の日朝から腰の調子が突然悪くなり、サーブがまったく入らなく、リターンはまともにあたらず、ストローク、ボレーも思い通りにコントロールできず
5746で負けてしまいました。過去5年間で最低の試合さすがにショックでその後日本に帰ってもスランプになってしまいました。

負けた事より内容がショックでした。 やはりオーバーワークはご法度ですね。というわけでミックスも準優勝がっくりでした。
試合は残念でしたが毎年スタッフがみな親切、地味なトーナメントですが今年も楽しかったです。
いつもキャンベラから帰る前Mt. Aintreeという市内が一望に見渡せる山に登るのが好きでもちろん車でですが、キャンベラを訪ねた時は是非。


土曜の夜はデイナーパーティーでミックスのペアーJacquiとダブルスパートナーSteveとの一枚です

さてシングルスですがQFまでは順調に勝ち上がり準決勝はシドニー在住のMr.Denis Love名字が愛とはなかなかです
フォア一本勝負のプレーヤーで6161で勝ちました。

決勝の相手は去年と同様Ricky,去年は勝ちましたが接戦でした。ところが今年は決勝の日朝から腰の調子が突然悪くなり、サーブがまったく入らなく、リターンはまともにあたらず、ストローク、ボレーも思い通りにコントロールできず
5746で負けてしまいました。過去5年間で最低の試合さすがにショックでその後日本に帰ってもスランプになってしまいました。

負けた事より内容がショックでした。 やはりオーバーワークはご法度ですね。というわけでミックスも準優勝がっくりでした。
試合は残念でしたが毎年スタッフがみな親切、地味なトーナメントですが今年も楽しかったです。

いつもキャンベラから帰る前Mt. Aintreeという市内が一望に見渡せる山に登るのが好きでもちろん車でですが、キャンベラを訪ねた時は是非。

2008年05月11日
ACT state championship 2008 No.2
2008年のACT Championshipsは3月最終週末のイースターウィークエンドに行われました。今年も3種目エントリーし45歳の男子ダブルスに参加しました。ペアは2年前組んだ
Sydney在住ストリンガーのSteve Harris,190センチの身長。ハードヒッターの彼とコンスタントプレーヤーの僕とでなかなかいいダブルスですが準決勝も466362とやっとファイナル勝ち、彼とは2年前も何度もファイナルセットになっているのに何故か負けないというジンクスは続いているようです。準決勝の後での1ショット

決勝も3年前も接戦だったRickyとAdrian、結局63
6762きつかったけど優勝しました。やはり外人とのダブルスは難しいでした。彼のリーチはすごいしエースも取れるけどリスキー、僕のスピードではエース取れないからリターンボレーなどの確率で相手を信用させなければダブルスのならないので。
決勝のあとでの写真です。僕の右側がSteve,この背丈そして顔の小ささ、まいりますね、もう少し後ろで取らなければ
男子ダブルスの決勝は1日早く終わったのですが実はこの翌日体調が悪くなりシングルの決勝は大変でした。ではシングルスは次回に -to be continued-
Sydney在住ストリンガーのSteve Harris,190センチの身長。ハードヒッターの彼とコンスタントプレーヤーの僕とでなかなかいいダブルスですが準決勝も466362とやっとファイナル勝ち、彼とは2年前も何度もファイナルセットになっているのに何故か負けないというジンクスは続いているようです。準決勝の後での1ショット

決勝も3年前も接戦だったRickyとAdrian、結局63
6762きつかったけど優勝しました。やはり外人とのダブルスは難しいでした。彼のリーチはすごいしエースも取れるけどリスキー、僕のスピードではエース取れないからリターンボレーなどの確率で相手を信用させなければダブルスのならないので。

決勝のあとでの写真です。僕の右側がSteve,この背丈そして顔の小ささ、まいりますね、もう少し後ろで取らなければ
男子ダブルスの決勝は1日早く終わったのですが実はこの翌日体調が悪くなりシングルの決勝は大変でした。ではシングルスは次回に -to be continued-
2008年04月27日
ACT state championship 2008
3月の後半毎年行っているオーストラリアの首都であるキャンベラで行はれるACT senior openに参加してきました。
通常この試合はEaster Weekend二行はれるので四月の第一週の週末なのですが何故か今年はイースターが2週間早いということで予定か狂いました。
直行便もないのでとりあえずゴールドコーストに立ち寄りました。 どうしても久しぶりにオーストラリアにいくと電話の更新やいろいろな諸事情でゴールドコーストに寄ることになります。 そして今回は中心部に位置してサーファーズパラダイスに程近いQueenspark TCでヘッドプロのジョンに練習してもらいました。今年の日本は結構寒くて毎日厚着してテニスしてたのに急に真夏、熱帯でプレーすることになりさすがに熱いのが好きだけれどきつかったです。1セット過ぎたあたりから段々からだが暑さに慣れてきました。 彼もQueensland State Champ.では40歳で優勝してるだけあってさすがパワフルでいい練習させてもらいました。
3,4日過ごしてCanberraに国内線で移動、空港でレンタカーを借りいつもお世話になってるCrestwood Motorinn
にたどり着きました。毎年No.20を予約しています。3年前シングルルームのあるモーターインを探して半日走り回って見つけたところです。古いですが静かなところです。
今年も3種目、シングル、ダブル、ミックスとエントリーしていて果たして体力がもつかどうか。
Every year, memory in Canberra is full of tennis and nothing more. と大会の役員の人と話してます。
- to be continued -
通常この試合はEaster Weekend二行はれるので四月の第一週の週末なのですが何故か今年はイースターが2週間早いということで予定か狂いました。
直行便もないのでとりあえずゴールドコーストに立ち寄りました。 どうしても久しぶりにオーストラリアにいくと電話の更新やいろいろな諸事情でゴールドコーストに寄ることになります。 そして今回は中心部に位置してサーファーズパラダイスに程近いQueenspark TCでヘッドプロのジョンに練習してもらいました。今年の日本は結構寒くて毎日厚着してテニスしてたのに急に真夏、熱帯でプレーすることになりさすがに熱いのが好きだけれどきつかったです。1セット過ぎたあたりから段々からだが暑さに慣れてきました。 彼もQueensland State Champ.では40歳で優勝してるだけあってさすがパワフルでいい練習させてもらいました。

3,4日過ごしてCanberraに国内線で移動、空港でレンタカーを借りいつもお世話になってるCrestwood Motorinn
にたどり着きました。毎年No.20を予約しています。3年前シングルルームのあるモーターインを探して半日走り回って見つけたところです。古いですが静かなところです。

今年も3種目、シングル、ダブル、ミックスとエントリーしていて果たして体力がもつかどうか。
Every year, memory in Canberra is full of tennis and nothing more. と大会の役員の人と話してます。
- to be continued -
2007年11月12日
ヨーロッパ遠征 4
Swiss Lenk International Tournamentの決勝は雨の順延の為準決勝と同日二行われ第2シードのR.Spitzerと対戦しました。彼は55歳背丈も同じくらいですが腕が僕の倍ぐらいありそうな選手でした。とは言っても5歳上だからと思って試合に入ったらファーストサーブを無茶苦茶打たれやっと触るだけ、あっという間にファーストセットをリードされブレークの機会さえなくあっという間に2-6。 こんなことはそう続かないと思いながらも焦りながら、スピードに対抗せずスローにスローに我慢してセカンドセットのキープが続き3オールから1ダウン、このころからサーブは減速しだしスローなスライスに対してミスが目立ち始めた。こうなると西洋人は自分に対して怒りだし大声は上げるはラケットは投げるはボールはたたきつけるは荒れてきたのでさあチャンス。セカンド6-3。こうなったら流れは変えられないファイナルせりながらも2-2からの1ダウンを守り6-4でした。 まあうまく勝ったけどきつい試合でした。
シングルスの決勝の後男子ダブルスの決勝もやることになっていてレンクで一緒だった高橋先生と惜しくも二人で119歳で120歳以上のに出られず若手と対戦することに、といっても僕が一番若いけど。これがまた超close matchになり26,75、66ファイナルタイブレーク8オールまでいき結局8-10で負けてしまって準優勝でした。

とここまでは良かったのですがこのあとミックスの決勝をやってくれということでちょっと足がやばいかな。僕は一応の目安としてシングルスのゲーム数X2、プラスダブルスゲーム数が100ゲームを超えないと痙攣は大丈夫というのがあるのですがこの時点で34+54+33と予定数オーバー
さすがにやばいと自覚、芍薬甘草湯とアミノバイタルを飲み
試合に入ったがさすがぎりぎりの状態、4-4からもうままよと思いセカンドを考えずにポーチしまくり6-4、そして
セカンドセット、なんと相手の男性が足を痙攣させラッキー
6-0で優勝しました。さすがベテランの試合いろんなこと
画あります。というわけでハッピーエンドのレンク、ちょっと次回は観光案内を。

シングルスの決勝の後男子ダブルスの決勝もやることになっていてレンクで一緒だった高橋先生と惜しくも二人で119歳で120歳以上のに出られず若手と対戦することに、といっても僕が一番若いけど。これがまた超close matchになり26,75、66ファイナルタイブレーク8オールまでいき結局8-10で負けてしまって準優勝でした。

とここまでは良かったのですがこのあとミックスの決勝をやってくれということでちょっと足がやばいかな。僕は一応の目安としてシングルスのゲーム数X2、プラスダブルスゲーム数が100ゲームを超えないと痙攣は大丈夫というのがあるのですがこの時点で34+54+33と予定数オーバー
さすがにやばいと自覚、芍薬甘草湯とアミノバイタルを飲み
試合に入ったがさすがぎりぎりの状態、4-4からもうままよと思いセカンドを考えずにポーチしまくり6-4、そして
セカンドセット、なんと相手の男性が足を痙攣させラッキー
6-0で優勝しました。さすがベテランの試合いろんなこと
画あります。というわけでハッピーエンドのレンク、ちょっと次回は観光案内を。
2007年10月28日
ヨーロッパ遠征 3
スイスのレンクというところは山間の町でZweizimmenという小さな町から30分ぐらい、その道は袋小路でアルプスのちょうど裏側にあたるところでさすが山の天気で2日間雨でした。さすが練習をすると標高1000mを超えているので息があがり結構きつかったです。今回のLenk Internatinal Tournamentはカテゴリー4でグレードは低いですがディレクターのWillyがとっても親切でアットホームなトーナメントでした。オフィシャルホテルも数々ありここで合流した仙台の高橋先生とともにBeterbergというホテルに泊まりました。ここからの眺めはアルプスが見渡され最高でした
このホテルはドイツと違いハーフボードなので毎日スイス料理が食べられ落ち着いた1週間でした。といってもホテル以外あまりレストランもないところです。
さて試合は今回は第1シードで1回戦の相手はH.Gloor選手
名前を見て4年前スイスに来たとき試合したことある選手でした。彼は世界選手権のスイス代表になったこともありパワフルではないけれどコンスタントプレーヤー。でもさすがサンドグラスということもあり僕のスライスにまったくタイミングが合わずポイントはせっているものの6161で快勝しました。
勝ち進み準決勝はスイス在勤のブラジル人W.Eisele選手。
サーブが速く何でもネットを取ってくるプレーヤーでしたが
6163で勝ちました。
この後雨の順延のため準決勝と決勝が同日にこなさなくてはならずとても長い一日になりました。ものすごいClose matchになった決勝戦は次回に

このホテルはドイツと違いハーフボードなので毎日スイス料理が食べられ落ち着いた1週間でした。といってもホテル以外あまりレストランもないところです。
さて試合は今回は第1シードで1回戦の相手はH.Gloor選手
名前を見て4年前スイスに来たとき試合したことある選手でした。彼は世界選手権のスイス代表になったこともありパワフルではないけれどコンスタントプレーヤー。でもさすがサンドグラスということもあり僕のスライスにまったくタイミングが合わずポイントはせっているものの6161で快勝しました。

勝ち進み準決勝はスイス在勤のブラジル人W.Eisele選手。
サーブが速く何でもネットを取ってくるプレーヤーでしたが
6163で勝ちました。

この後雨の順延のため準決勝と決勝が同日にこなさなくてはならずとても長い一日になりました。ものすごいClose matchになった決勝戦は次回に
2007年10月02日
2007 ヨーロッパ遠征 2
Schoenbuch Cup の決勝はドイツ人の世界ランク12位の
Peter Sachse選手で身長190センチ大男でした。サーブもあまり速くなくストロークも丁寧にゆっくり、ちょっとイメージと違うプレーだったがこれが曲者でコートがアンツーカーのため彼のスロードライブが頭の上まで跳ね上がり攻められない。強引にネットに出て行くとさすがトッププレーヤー超高速パス。 くそサンドグラスならスライスでこの攻撃を阻止出来るのと思いながらストロークが浅くなり攻撃され結局1626で完敗でした。 やはりレッドクレーのテニスをもう少し慣れて研究しなければを思いました。
右がPeter Sachse選手、中央がいろいろお世話になったトーナメントディレクターのErik Flank氏です。賞金80ユーロとワインが賞品でした。どんな小さなクラブでもバーがあり試合の後で皆大騒ぎというのはいいですね。

このSchoenbuch Cupはあまりインターナショナルではなく
ドイツ人以外イタリア人が数人いただけで本当にドイツばかりデ苦労しました。ホテルもビジネスホテル系で毎日夕食は隣町まで車で行き、VetnamとChineseを交互に食べてました。
さてドイツの試合が終わりスイスに移動。途中カールスルーエからバーデンバーデン、昔ヨーロッパ選手権のときにお世話になったホテルに立ち寄りしばし観光。その後アウトバーンをかっ飛ばしバーセル、ベルンを経由アルプスの裏側ツバイジンメンという小さな町を経由目的地レンクに着いたのは
夕方でした。走行距離600キロ。でもさすが涼しい。
テニスコートに着いてみてびっくり、なんとレッドクレーではなくサンドグラス、ニコッとしながら良い予感がしました。ではスイスレンクインターナショナルトーナメントは
次回で
Peter Sachse選手で身長190センチ大男でした。サーブもあまり速くなくストロークも丁寧にゆっくり、ちょっとイメージと違うプレーだったがこれが曲者でコートがアンツーカーのため彼のスロードライブが頭の上まで跳ね上がり攻められない。強引にネットに出て行くとさすがトッププレーヤー超高速パス。 くそサンドグラスならスライスでこの攻撃を阻止出来るのと思いながらストロークが浅くなり攻撃され結局1626で完敗でした。 やはりレッドクレーのテニスをもう少し慣れて研究しなければを思いました。

右がPeter Sachse選手、中央がいろいろお世話になったトーナメントディレクターのErik Flank氏です。賞金80ユーロとワインが賞品でした。どんな小さなクラブでもバーがあり試合の後で皆大騒ぎというのはいいですね。

このSchoenbuch Cupはあまりインターナショナルではなく
ドイツ人以外イタリア人が数人いただけで本当にドイツばかりデ苦労しました。ホテルもビジネスホテル系で毎日夕食は隣町まで車で行き、VetnamとChineseを交互に食べてました。
さてドイツの試合が終わりスイスに移動。途中カールスルーエからバーデンバーデン、昔ヨーロッパ選手権のときにお世話になったホテルに立ち寄りしばし観光。その後アウトバーンをかっ飛ばしバーセル、ベルンを経由アルプスの裏側ツバイジンメンという小さな町を経由目的地レンクに着いたのは
夕方でした。走行距離600キロ。でもさすが涼しい。
テニスコートに着いてみてびっくり、なんとレッドクレーではなくサンドグラス、ニコッとしながら良い予感がしました。ではスイスレンクインターナショナルトーナメントは
次回で
2007年09月17日
2007 ヨーロッパ遠征
今年の夏は8月20日から9月の始めまで2週間ドイツとスイスに2試合遠征してきました。2試合ともグレード4の比較的ポイントの低い大会でしたが安全な2カ国なので車で移動できるので選んだ訳です。
1週目の試合はShonbuch Cupという大会でStuutgartの南にあるShonbuchという大きな森に隣接したWeil in Shonbuchという小さな田舎町のクラブでした。
ZurichのKloten Airportでレンタカーを借りてアウトバーンを250キロ走ってホテルのあるHolzgerlingenという小さな町に着いたのは夕暮れの8時。訳のわからぬ田舎町で適当にヤマ勘で曲がった路地に目的のホテルがあり一安心。ドローも2,3日前に出るのでインターネットで見れなかったので翌早朝時差ボケも無視してテニスクラブを探し出し、ようやく落ち着きました。田舎のクラブでしたがきれいなドイツらしいクラブでした。
今回この試合はシングルスだけ出場しました。第2シードで2回戦から中2日ありました。ドローが出るのが2,3日前で航空券取るのが最低2週間前なのでどうしても国内の試合のようにうまく都合がつかないです。ドイツのこのシニアの試合も我々50歳クラスは半分以上はビジネスマンなので2回戦からは金曜の夕方スタートにするなど配慮しているところがいいですね。
2回戦の相手は地元Stuttgartの人でかなりのハードヒッター、あまりテクニックはないけどなにせ1年ぶりのレッドクレー、最初は打ちまくられましたがどうにか6360、
そして準決勝は190センチもあるRolf Stoll選手、サーブ打ちまくられたらやばかったけど前の試合の疲れがあり
6360で勝ちました。実はこの日前日雨の為、一日2試合やらされたのでやっぱり最後は体力でした。
さて明日は決勝です。世界ランク14位のPeter Sachse選手、ちょっときついとは思いますがドイツ初優勝なるでしょうか。
1週目の試合はShonbuch Cupという大会でStuutgartの南にあるShonbuchという大きな森に隣接したWeil in Shonbuchという小さな田舎町のクラブでした。
ZurichのKloten Airportでレンタカーを借りてアウトバーンを250キロ走ってホテルのあるHolzgerlingenという小さな町に着いたのは夕暮れの8時。訳のわからぬ田舎町で適当にヤマ勘で曲がった路地に目的のホテルがあり一安心。ドローも2,3日前に出るのでインターネットで見れなかったので翌早朝時差ボケも無視してテニスクラブを探し出し、ようやく落ち着きました。田舎のクラブでしたがきれいなドイツらしいクラブでした。

今回この試合はシングルスだけ出場しました。第2シードで2回戦から中2日ありました。ドローが出るのが2,3日前で航空券取るのが最低2週間前なのでどうしても国内の試合のようにうまく都合がつかないです。ドイツのこのシニアの試合も我々50歳クラスは半分以上はビジネスマンなので2回戦からは金曜の夕方スタートにするなど配慮しているところがいいですね。
2回戦の相手は地元Stuttgartの人でかなりのハードヒッター、あまりテクニックはないけどなにせ1年ぶりのレッドクレー、最初は打ちまくられましたがどうにか6360、
そして準決勝は190センチもあるRolf Stoll選手、サーブ打ちまくられたらやばかったけど前の試合の疲れがあり
6360で勝ちました。実はこの日前日雨の為、一日2試合やらされたのでやっぱり最後は体力でした。

さて明日は決勝です。世界ランク14位のPeter Sachse選手、ちょっときついとは思いますがドイツ初優勝なるでしょうか。
2007年08月02日
Queensland State Championships 3
クイーンズランド選手権のダブルスは午前中のシングルスのあと午後に6チームのラウンドロビンと各組トップの決勝戦という形で行われました。 準決勝のシングルスでトニーと試合したあとでした。トニーとははじめての試合でしたが結構日本人的にプレーしてくれだんだんコンビネーションが出来てきました。どうしても外人と組むと彼らはパワフル、そしてリーチが広くきわどい球もカウンターが打てる、そのためチームプレーよりも一人ひとりの個人技主体になってしまい、微妙なプレー中の言葉のニュアンスの問題などもあり結構難しいです。 でも凡ミスなどをあまりしないで確立をあげていくとだんだん配給やポジショニングなどの話に乗ってくるようになり、最後はいいダブルスになりました。やはりダブルスは日本人同士でも外人とでも会話が重要だし難しいですね。 そんなわけでラウンドロビン50ゲーム近くこなし決勝はナイター、僕は目がいいので暗いナイターは得意でどうにか決勝も6-1で勝ちました。トニーの家族も応援に駆けつけてくれ大応援団の中勝って良かったです。
最終日に行われたミックスダブルスはキャンベラで知り合ったMs.Robyn Castle と初めて出ました。彼女あまりパワーヒッターではないのですがとにかくミスが少ないので僕のコントロールショットとうまくかみ合い優勝することができました。
このゴールドコーストは日本から行きやすいし、毎年5月のゴールデンウィークにメイトーナメントなども行われているので是非一度トライしてみてはいかがですか。
次回は2006年8月に行ったヨーロッパ遠征をリポートします。
最終日に行われたミックスダブルスはキャンベラで知り合ったMs.Robyn Castle と初めて出ました。彼女あまりパワーヒッターではないのですがとにかくミスが少ないので僕のコントロールショットとうまくかみ合い優勝することができました。

このゴールドコーストは日本から行きやすいし、毎年5月のゴールデンウィークにメイトーナメントなども行われているので是非一度トライしてみてはいかがですか。
次回は2006年8月に行ったヨーロッパ遠征をリポートします。
2007年07月28日
Queensland State Championships 2
トニーとの準決勝の日は7月1日ゴールドコーストマラソンの当日、ホテルがサーファーズの中心だった為気にしていましたが早めに出発し無事到着、相変わらずの快晴の中始まりました。トニーとはダブルスでは対戦していますがシングルスは初めての対戦、あまり背も違わないけどパワーはすごく上腕は僕の倍ぐらいあるトニー、さすがボールは重く最初押されて返すのがやっとでしたがだんだん慣れてきて僕のスライスストロークが機能し始め4-4からブレークして6-4でファーストセットを取りました。 だんだん彼の展開が淡白になり始めセカンドは6-2、なかなか思い通りの展開でした。
さて決勝はブリスベンの北サンシャインコーストでテニスコーチをしているStephen Whitecross選手、彼はQLD州の代表選手でありかなりパワフル。あまりネットプレーはないもののグリグリのトップスピナー、いかにボールを低くコントロールして早い展開にするかが勝負だと思っていました。
実際始まってみるとこのトップスピンが想像以上に高く跳ねボールを押さえ込めなかった。あっというまの1-4、そこからショートバウンド、ライジング打ちでペースを崩し4-4まで追いつくものの大事なポイントが取れず4-6。セカンドも打開できず2-6で負けてしまいました。この高く跳ねるトップスピンをスライスで押さえ込めないとヨーロッパのアンツーカーでは多くは望めないのでまた日本で若者相手に練習したいと思います。でもこのStephenオーストラリア人らしい明るく陽気なプレーヤーでした。
残念ながら準優勝でしたがこのパワーの違いをどうにかごまかせるのはダブルスで今回も頑張りました。では次回に
to be continued
さて決勝はブリスベンの北サンシャインコーストでテニスコーチをしているStephen Whitecross選手、彼はQLD州の代表選手でありかなりパワフル。あまりネットプレーはないもののグリグリのトップスピナー、いかにボールを低くコントロールして早い展開にするかが勝負だと思っていました。
実際始まってみるとこのトップスピンが想像以上に高く跳ねボールを押さえ込めなかった。あっというまの1-4、そこからショートバウンド、ライジング打ちでペースを崩し4-4まで追いつくものの大事なポイントが取れず4-6。セカンドも打開できず2-6で負けてしまいました。この高く跳ねるトップスピンをスライスで押さえ込めないとヨーロッパのアンツーカーでは多くは望めないのでまた日本で若者相手に練習したいと思います。でもこのStephenオーストラリア人らしい明るく陽気なプレーヤーでした。

残念ながら準優勝でしたがこのパワーの違いをどうにかごまかせるのはダブルスで今回も頑張りました。では次回に
to be continued
2007年07月17日
2007 Queensland State Championships 1
関東オープンが終わって1ヶ月元気がなく落ち込んでましたが先月6月29日からゴールドコーストで行われたクイーンズランド州選手権に参加してきました。
今回ゴールドコーストマラソンと日程が重なっていたためホテルも取りにくかったのでなんとツアーに参加するという初体験の遠征でした。 普段空港に着くとあわててレンタカーの手配とか右往左往してますがなんとピックアップ付き、そしてコアラパークなどに連れて行かれ昼食付き、ホテルに送迎とやはりツアーは至れりつくせりですね。コアラと写真なんか取っちゃいました。
ゴールドコーストは何度も参加している試合なのでレンタカーを借りて試合会場に行ってみると今回は第一シードでした。 翌日2回戦インで相手は185センチの大男でした。
なによりもこの時期の日本はどんより曇り空、一転ゴールドコーストは真っ青な冬晴れ、朝は太陽が眩しくてボールが見えないという感じでした。とりあえず滅茶苦茶サーブは早かったけどそのあとは荒く6160で勝ちました。 とにかく海外に来るとボールの違いや環境で一つめの試合があやりにくい。 2回戦は30日ニュージーランドの温泉で有名なロトルアから来たAlan Russel選手、この人超安定したストローカーで絶対全日本に出れるような日本人タイプのプレーヤー、やはりこういうタイプは慣れていてほとんど毎ゲームデユースになるものの6062で勝ちました。
明日の準決勝は今回ダブルスのペアーであるトニー、キャンベラで知り合ったプレーヤーですが五分五分なのでプレッシャーです
to be continued
今回ゴールドコーストマラソンと日程が重なっていたためホテルも取りにくかったのでなんとツアーに参加するという初体験の遠征でした。 普段空港に着くとあわててレンタカーの手配とか右往左往してますがなんとピックアップ付き、そしてコアラパークなどに連れて行かれ昼食付き、ホテルに送迎とやはりツアーは至れりつくせりですね。コアラと写真なんか取っちゃいました。

ゴールドコーストは何度も参加している試合なのでレンタカーを借りて試合会場に行ってみると今回は第一シードでした。 翌日2回戦インで相手は185センチの大男でした。
なによりもこの時期の日本はどんより曇り空、一転ゴールドコーストは真っ青な冬晴れ、朝は太陽が眩しくてボールが見えないという感じでした。とりあえず滅茶苦茶サーブは早かったけどそのあとは荒く6160で勝ちました。 とにかく海外に来るとボールの違いや環境で一つめの試合があやりにくい。 2回戦は30日ニュージーランドの温泉で有名なロトルアから来たAlan Russel選手、この人超安定したストローカーで絶対全日本に出れるような日本人タイプのプレーヤー、やはりこういうタイプは慣れていてほとんど毎ゲームデユースになるものの6062で勝ちました。

明日の準決勝は今回ダブルスのペアーであるトニー、キャンベラで知り合ったプレーヤーですが五分五分なのでプレッシャーです
to be continued
2007年05月06日
Queensland State Championships 2
2006年のクイーンズランドチャンピオンシップの45歳シングルスは前年よりドローが増えてかなり厳しいドローでした。 1回戦バイの2回戦の相手はニュージーランドから来たばかりというGlenn Skewsというプレーヤーであまりミスのないステデイーな選手で6-4,6-3で苦労してかちました。やはりはじめの試合はどこでも難しいですね。突然の熱帯の暑さにさすがに苦しかった。 どうにかQFもくぐりぬけSFは地元の第4シードKevin Smith選手、オーストラリアテニスらしいフラットのフォアと綺麗なバックハンドスライスの選手でしたがどうも僕のフォアハンドスライスにまったくタイミングが合わず6-2,6-1とうまく勝てました。やはり185センチぐらいの大きなプレーヤーには低いスライスはいやそうでした。 そして決勝はMike Ford選手、オーストラリア45歳のナンバー1でかなりきつい試合は覚悟の上でした。 案の定ファーストセットは彼のサービスゲームはあっさりキープされ僕のサービスゲームは毎回40-40からやっとキープといういつものパターン。一時間以上かかりタイブレーク、2-5から逆転ファーストセットを取る。しかしここからさすがトップ選手、セカンドセット、ファイナルセットとどうしてもブレークが出来ず専攻され4-6,4-6と金星を逃してしまいました。 やはり
パワー負け、自分ではかなりギャンブルしたつもりですが
あとひとつというところが外人は日本人よりも勝負してくるところが強い。またオフェンスのバリエーションを高めて
再挑戦です。Mike との1ショットです
今年もこのクイーンズランド選手権は6月の28日からゴールドコーストで行われます 興味のある方はいかがですか
パワー負け、自分ではかなりギャンブルしたつもりですが
あとひとつというところが外人は日本人よりも勝負してくるところが強い。またオフェンスのバリエーションを高めて
再挑戦です。Mike との1ショットです

今年もこのクイーンズランド選手権は6月の28日からゴールドコーストで行われます 興味のある方はいかがですか
2007年04月23日
Queensland State Championships
2006年のクイーンズランド州選手権は6月30日からゴールドコーストのマイアミベテランテニスクラブを中心に行われました。 ゴールドコーストはこの時期冬ですがさすが熱帯地帯だけあってテニスにはちょうど心地良い気候です。
実は僕はこのテニスクラブの会員でサンドグラスコートが
12面あります。 そのすぐ隣にマイアミグラスという10
面のコートがあるテニスクラブがあり、この2クラブを主にトーナメントが行われます。

シングルスはITFの公式試合なのでトーナメント方式で毎日午前中に行われますが、ダブルスは毎日午後に各年齢ごとラウンドロビン方式で行わ
ちょっと草トーナメント的で皆参加しやすい方式です。
今回のダブルスのパートナーはJeff Brownというこのクラブのプレーヤーで前年一回戦で対戦したプレーヤーでした。
この彼話していると何故か英語が聞きやすいなあと思って聞いてみるとやはりアメリカ人、やはり日本で教わってきたのはアメリカンイングリッシュでした。
結果は2位、順調に勝って行きましたが50歳の豪州ナンバー1のMax Bates選手と45歳のトップ選手のMIke Ford
選手にはさすが負けてしまいました。
このように海外の試合はシングルスはマジでダブルスは気楽にというパターンが多いですね。ということでJeffとの一枚です
実は僕はこのテニスクラブの会員でサンドグラスコートが
12面あります。 そのすぐ隣にマイアミグラスという10
面のコートがあるテニスクラブがあり、この2クラブを主にトーナメントが行われます。

シングルスはITFの公式試合なのでトーナメント方式で毎日午前中に行われますが、ダブルスは毎日午後に各年齢ごとラウンドロビン方式で行わちょっと草トーナメント的で皆参加しやすい方式です。
今回のダブルスのパートナーはJeff Brownというこのクラブのプレーヤーで前年一回戦で対戦したプレーヤーでした。
この彼話していると何故か英語が聞きやすいなあと思って聞いてみるとやはりアメリカ人、やはり日本で教わってきたのはアメリカンイングリッシュでした。
結果は2位、順調に勝って行きましたが50歳の豪州ナンバー1のMax Bates選手と45歳のトップ選手のMIke Ford
選手にはさすが負けてしまいました。
このように海外の試合はシングルスはマジでダブルスは気楽にというパターンが多いですね。ということでJeffとの一枚です

2007年02月23日
ACT state championship 3
ACT Championshipsの男子ダブルスはシドニーから来たストリンガーのSteve Harisという190センチの大男と組みました。あまりのリーチの広さとパワーの傍ら無理な球も打ってミス多発という外人特有のペアでした。 最初は難しかったですが徐々に僕のダブルスのconsistencyを納得してくれ話が出来るようになって来ました。ミックスよりも男子ダブルスはチームプレーですから。 準決勝で第2シードに61・35・75でしたが3セット目3-5、相手の40-30マッチポイントをしのいでの勝利でした。決勝も第1シードに36・61・61とファイナル勝ち運よく優勝しました。僕以外3人のパワーに対抗して日本でのダブルス以上にボールを遅くして自分のフットワークを生かしたのが成功でした。 Steveとの1ショット
ミックスダブルスもMrs. Jacqui Marsdenというキャンベラ地元の防衛省で働く女性と組みました。外国のミックスはどこまでマジにやるかというところは雰囲気で決めていますが相手もかなりだったので一生懸命やることになりました。
準決勝第2シードに46・64・64そして決勝でも62・
67・63と接戦をものにしてラッキーにも優勝。
Jacquiとの1ショット
それにしても3種目優勝出きるなんて一生に一度あるかないかで自分でも余韻に浸っているキャンベラの夜でした。
しかし準決勝の日シングル14、男子ダブルス28、ミックス30ゲームをこなし痙攣も来なかったので今後の自信になりました。しかしこの72ゲーム終わったのは朝からずっとコートにいて6時過ぎ、運が悪いことにイースターでレストランが全部閉まっていてまたおおさわがぎ、やっと1時間ぐらい探してヌードルショップを見つけるという大変な1日でした。
しかしこのキャンベラ、ほとんど日本人や東洋人と会わず観光客もあまりいませんでした。 おかげで一週間で英語はみるみる上達、帰るころは結構しゃべってました。また日本に1ヶ月もいれば元に戻るけど。今年も行く予定なので楽しみなような楽しくないような微妙な気持ちです。
この3種目制覇に記念の写真です

ミックスダブルスもMrs. Jacqui Marsdenというキャンベラ地元の防衛省で働く女性と組みました。外国のミックスはどこまでマジにやるかというところは雰囲気で決めていますが相手もかなりだったので一生懸命やることになりました。
準決勝第2シードに46・64・64そして決勝でも62・
67・63と接戦をものにしてラッキーにも優勝。
Jacquiとの1ショット

それにしても3種目優勝出きるなんて一生に一度あるかないかで自分でも余韻に浸っているキャンベラの夜でした。
しかし準決勝の日シングル14、男子ダブルス28、ミックス30ゲームをこなし痙攣も来なかったので今後の自信になりました。しかしこの72ゲーム終わったのは朝からずっとコートにいて6時過ぎ、運が悪いことにイースターでレストランが全部閉まっていてまたおおさわがぎ、やっと1時間ぐらい探してヌードルショップを見つけるという大変な1日でした。
しかしこのキャンベラ、ほとんど日本人や東洋人と会わず観光客もあまりいませんでした。 おかげで一週間で英語はみるみる上達、帰るころは結構しゃべってました。また日本に1ヶ月もいれば元に戻るけど。今年も行く予定なので楽しみなような楽しくないような微妙な気持ちです。
この3種目制覇に記念の写真です

2007年02月15日
ACT state championship 2
35-45のシングルスは僕は2回戦からで1回戦を楽勝して上がってきたLyton Josephという35歳なりたてのメルボルンのコーチだした。フォアもバックもグリグリのトップスピナーでした。ハードやアンツーカーだとまずいですが幸い日本でなじみのサンドグラスコートなのであまりボールが弾まないためスライスの緩いストロークで深い浅いでアクセントをつけるというパワーヒッター向け外人対策。 これが功を奏して6162でストレート勝ちでした。
準決勝までほとんど35歳のパワーヒッターと対戦しこの作戦が成功しました。 ボールをいったん弾ませてしまうと上腕の強い外人にハードヒットされ振り回されるパターンで何度も海外でひどい目にあっています。 いったんラリーになれば走り勝てるので振り回されても低く、攻めるときも低くというのが日本人には向いていると思います。
そして決勝戦、前回のオーストラリアナショナルでニュージーランドでダブルスを組んだVladimir Ejovと対戦することになりました。キャンべラであったとき、出てるなら知らせろよ、というよく日本である会話で始まったのですがまさか決勝で当たるとは。
彼は185センチの身長を生かしたハードヒットのフォアと両手バックのストローカーというロシア人らしいパターンでパスもうまく手ごわい相手でした。 ベースラインでつないでいるとエースを取られてしまうので危険を犯してサーブアンドボレーそして早めのネットプレー勝負という作戦でスタート。 押されながらも5-5までいったが大事なところで1ブレークされ5-7でファーストダウン。 しょうがないいのでセカンドのスタートからスローダウンしてみたがぜんぜん展開は変わらず2ダウンの2-5、観客のぞろぞろほかのコートに移りだしこりゃもうやばいかなという雰囲気でした、自分も。そして相手のサーブの40-30マッチポイント、そこで彼が何故か今までほとんどしなかったサーブアンドボレー、そしてファーストボレーミスで40-40. このとき何故か相手の焦っているのを見て急に気持ちが落ち着き始めこのまま大事につないでみたら面白いかも、という気持ちになりました。特に逆転するとか特別な気持ちはなく非常に平静な気持ちでした。その後このゲーム2回マッチポイントをしのぎブレーク、それから彼のプレーパターンが不思議なくらい変わりセカンドセット5ゲーム連取で逆転で
7-5.ファイナルセットは再びサーブアンドボレーで攻めつずけて6-3で逆転してしまいました。終わった後はさすが知り合いということもありバッドラックとしか言えませんでした。しかしテニスというものはこういう逆転が可能なので怖いですね、本当に。では優勝したときのVladとの1ショットです。to be continued

準決勝までほとんど35歳のパワーヒッターと対戦しこの作戦が成功しました。 ボールをいったん弾ませてしまうと上腕の強い外人にハードヒットされ振り回されるパターンで何度も海外でひどい目にあっています。 いったんラリーになれば走り勝てるので振り回されても低く、攻めるときも低くというのが日本人には向いていると思います。
そして決勝戦、前回のオーストラリアナショナルでニュージーランドでダブルスを組んだVladimir Ejovと対戦することになりました。キャンべラであったとき、出てるなら知らせろよ、というよく日本である会話で始まったのですがまさか決勝で当たるとは。
彼は185センチの身長を生かしたハードヒットのフォアと両手バックのストローカーというロシア人らしいパターンでパスもうまく手ごわい相手でした。 ベースラインでつないでいるとエースを取られてしまうので危険を犯してサーブアンドボレーそして早めのネットプレー勝負という作戦でスタート。 押されながらも5-5までいったが大事なところで1ブレークされ5-7でファーストダウン。 しょうがないいのでセカンドのスタートからスローダウンしてみたがぜんぜん展開は変わらず2ダウンの2-5、観客のぞろぞろほかのコートに移りだしこりゃもうやばいかなという雰囲気でした、自分も。そして相手のサーブの40-30マッチポイント、そこで彼が何故か今までほとんどしなかったサーブアンドボレー、そしてファーストボレーミスで40-40. このとき何故か相手の焦っているのを見て急に気持ちが落ち着き始めこのまま大事につないでみたら面白いかも、という気持ちになりました。特に逆転するとか特別な気持ちはなく非常に平静な気持ちでした。その後このゲーム2回マッチポイントをしのぎブレーク、それから彼のプレーパターンが不思議なくらい変わりセカンドセット5ゲーム連取で逆転で
7-5.ファイナルセットは再びサーブアンドボレーで攻めつずけて6-3で逆転してしまいました。終わった後はさすが知り合いということもありバッドラックとしか言えませんでした。しかしテニスというものはこういう逆転が可能なので怖いですね、本当に。では優勝したときのVladとの1ショットです。to be continued

2007年02月08日
ACT state championship
2006年4月の第2週オーストラリアのキャンベラで行われた
ACT州選手権に参加しました。 グレード3というあまりメジャーな大会ではないのですがこの時期世界選手権の団体戦が南アフリカで行われていたのでナショナルチームのメンバーが参加していないのではないかと思い参加してみました。
キャンベラは初めての場所で観光地でもないのであまりホテルや交通機関などの情報が少なく、日本国内でレンタカーの予約を入れてみると1日A$60とか滅茶苦茶高いこと言われたのでもうこれは現地調達と決め込んで航空券だけでホテルもなにも予約せずキャンベラの空港に着きました。
さてレンタカーですがやはり現地では1日$35でもくろみ通り借りることができ地図片手にトーナメントの会場Weston
Creek TC を探し当てさて一段落。以外に田舎のクラブで質素そのもの向かいにマクドナルドがあってよかったという感じでした。スポンサーでもあるこの町のメンバーシップのソシアルクラブの紹介でホテルを紹介してもらいやっとおちつきましたがその夜真夜中でもコーランを読んでいたり歌を歌ったりしている人々がいるホテルであまり落ち着かないので翌日3~4時間かけてキャンベラ中走り回りやっとシングルルームのあるモーテルをみつけそこに落ち着きました。
とりあえずシングルスは第3シードで35歳40歳45歳のコンバインで35歳と試合するのでちょっときついかなという感じでした。 ITFの試合は8ドロー以下ではポイントがつかないため前後の世代をコンバインしてドロー数を増やすということがあるのです。
to be continued
ACT州選手権に参加しました。 グレード3というあまりメジャーな大会ではないのですがこの時期世界選手権の団体戦が南アフリカで行われていたのでナショナルチームのメンバーが参加していないのではないかと思い参加してみました。
キャンベラは初めての場所で観光地でもないのであまりホテルや交通機関などの情報が少なく、日本国内でレンタカーの予約を入れてみると1日A$60とか滅茶苦茶高いこと言われたのでもうこれは現地調達と決め込んで航空券だけでホテルもなにも予約せずキャンベラの空港に着きました。
さてレンタカーですがやはり現地では1日$35でもくろみ通り借りることができ地図片手にトーナメントの会場Weston
Creek TC を探し当てさて一段落。以外に田舎のクラブで質素そのもの向かいにマクドナルドがあってよかったという感じでした。スポンサーでもあるこの町のメンバーシップのソシアルクラブの紹介でホテルを紹介してもらいやっとおちつきましたがその夜真夜中でもコーランを読んでいたり歌を歌ったりしている人々がいるホテルであまり落ち着かないので翌日3~4時間かけてキャンベラ中走り回りやっとシングルルームのあるモーテルをみつけそこに落ち着きました。
とりあえずシングルスは第3シードで35歳40歳45歳のコンバインで35歳と試合するのでちょっときついかなという感じでした。 ITFの試合は8ドロー以下ではポイントがつかないため前後の世代をコンバインしてドロー数を増やすということがあるのです。
to be continued

2007年01月29日
2006 Australian Nationals 3
2006年のオーストラリア選手権のミックスダブルスは日本にいるときからの知り合いでもある金美蘭というオーストラリア在住の韓国人と組みました。彼女とは何度も一緒に組んでいるので安心ですが準決勝でMrs.Ros Balodisという45歳オーストラリアNo.1世界No.1の女性のペアにまけてしまいました。 この女性2年前の世界選手権で日本のNo.1小泉
幸枝選手も敗れてしまった選手で派手ではないのですがとにかくタッチが最高でさすがミックスでも彼女をさけて男性に打ってしまうほどです。 さすがそのペアが優勝しました。
このクライストチャーチで今年の11月にスーパーシニア、60歳以上の世界選手権が行われます。天候は激しいですが安全でおっとりしたニュージーランドの試合に参加してみてはいかがですか。問い合わせは日本協会へどうぞ。
試合の合間にはよくアフタヌーンでゴルフに行くのですが結構地元のパブリックコースが好きでメンバーの名門コースよりも現地の特徴があって面白いですよ。クライストチャーチはすごくイギリス的でゴルフ場もフェアウエイが交差してるホールなど超英国的なリンクス風のコースが多かったです。
あまり観光はしないのですが試合後余裕があったためニュージーランド南島の最南端のクイーンズタウンまで500キロ安い今にも止まりそうなレンタカーのカローラで走破しました。 かなり南極に近く印象的な湖のほとりの町でした。
帰りもクライストチャーチ朝6時という飛行機に合わせるため夜10時クイーンズタウン発夜道を逆行し5時間で戻るという強行スケジュールをこなし無事フライトに間に合いました。しかし以外にニュージーランドにはオーストラリアと違い24時間のガソリンスタンドが少ないのでやばかったす。皆さんも気をつけて。
つぎは2006年4月のキャンベラで行われたACTオープンの参戦記を
幸枝選手も敗れてしまった選手で派手ではないのですがとにかくタッチが最高でさすがミックスでも彼女をさけて男性に打ってしまうほどです。 さすがそのペアが優勝しました。
このクライストチャーチで今年の11月にスーパーシニア、60歳以上の世界選手権が行われます。天候は激しいですが安全でおっとりしたニュージーランドの試合に参加してみてはいかがですか。問い合わせは日本協会へどうぞ。
試合の合間にはよくアフタヌーンでゴルフに行くのですが結構地元のパブリックコースが好きでメンバーの名門コースよりも現地の特徴があって面白いですよ。クライストチャーチはすごくイギリス的でゴルフ場もフェアウエイが交差してるホールなど超英国的なリンクス風のコースが多かったです。
あまり観光はしないのですが試合後余裕があったためニュージーランド南島の最南端のクイーンズタウンまで500キロ安い今にも止まりそうなレンタカーのカローラで走破しました。 かなり南極に近く印象的な湖のほとりの町でした。
帰りもクライストチャーチ朝6時という飛行機に合わせるため夜10時クイーンズタウン発夜道を逆行し5時間で戻るという強行スケジュールをこなし無事フライトに間に合いました。しかし以外にニュージーランドにはオーストラリアと違い24時間のガソリンスタンドが少ないのでやばかったす。皆さんも気をつけて。
つぎは2006年4月のキャンベラで行われたACTオープンの参戦記を
2007年01月21日
Australian Nationals 2
2006年のクライストチャーチで行われたオーストラリア選手権では僕は単複混合と三種目出ることができました。日本の試合はだいたいエントリーフィーが10000円前後ですがこのオーストラリアの試合は$40,二種目で$60,三種目で80$とかなり安いです。 内容はいたって質素で優勝準優勝に賞金が出ますがあとメダルがあるぐらいです。
さてシングルスですがとりあえず勝ち上がり準々決勝で3シードのDavid Mustardというニュージーランドの元デ杯選手と対戦しました。 試合前に日本選手誰か知っているかと尋ねたところ Fukui,Nishioとか言ってたので成る程でした。 左利きのグリグリドライブのストローカー尚且つハードコートという最悪の条件でしたが外人対策のライジング打ちストローク、スロースライスとスライスサーブアンドボレーがうまく機能してファーストセット4-4からブレークして6-4ここまでは予定通り以上だったのです。 ところが突然天候が急転、立っていられないぐらいの突風しかも横風が吹き始め展開が一転。 雨が降ってれば試合止められたけど。 やはり突風が吹けばさすがドライブ強しでベースラインでしこられ1-6,2-6と金星を逃してしまいました。日本でやってたら神風というところですがさすがそこはニュージーランド、やられました。そして午後になりダブルスの時間にはもとの青空が戻ってました。
メンズダブルスは今回オーストラリアのアデレイド在住の
Vladimir Ejovというロシア人と組みました。なかなかシングルスは強いのですがあまりネットプレーが得意でないのでダブルスは大変でした。 それでもとりあえず準決勝までは到達しベスト4で終了しました。 日本のベテランのダブルスのレベルは高いと思うしやはりチームプレーとしてのダブルスは日本人のほうが組みやすいですね。
to be continued
さてシングルスですがとりあえず勝ち上がり準々決勝で3シードのDavid Mustardというニュージーランドの元デ杯選手と対戦しました。 試合前に日本選手誰か知っているかと尋ねたところ Fukui,Nishioとか言ってたので成る程でした。 左利きのグリグリドライブのストローカー尚且つハードコートという最悪の条件でしたが外人対策のライジング打ちストローク、スロースライスとスライスサーブアンドボレーがうまく機能してファーストセット4-4からブレークして6-4ここまでは予定通り以上だったのです。 ところが突然天候が急転、立っていられないぐらいの突風しかも横風が吹き始め展開が一転。 雨が降ってれば試合止められたけど。 やはり突風が吹けばさすがドライブ強しでベースラインでしこられ1-6,2-6と金星を逃してしまいました。日本でやってたら神風というところですがさすがそこはニュージーランド、やられました。そして午後になりダブルスの時間にはもとの青空が戻ってました。
メンズダブルスは今回オーストラリアのアデレイド在住の
Vladimir Ejovというロシア人と組みました。なかなかシングルスは強いのですがあまりネットプレーが得意でないのでダブルスは大変でした。 それでもとりあえず準決勝までは到達しベスト4で終了しました。 日本のベテランのダブルスのレベルは高いと思うしやはりチームプレーとしてのダブルスは日本人のほうが組みやすいですね。
to be continued
2007年01月15日
2006Australian natinals
毎年一月の第2週はオーストラリアのナショナル選手権に参加しています。 今年も今日からパースで行われているのですが諸事情により参加しませんでした。 この試合はシニアツアーのアジアオセアニア地区では唯一のグレード1の大会でオーストラリア各地を回っていますが2005年は史上初めてニュージーランドと共同開催になりニュージーランド南島のクライストチャーチで行われました。 僕にとってニュージーランドは思い出の国、2001年のニュージーランドナショナル選手権でナショナル選手権初タイトル、全日本より先に取った所です。前回のオークランドとは違いクライストチャーチは風が強く一月だというのに結構寒くセーターが必要なほどでした。 初めての土地でしたがオーストラリア人の友達の伝手でクライストチャーチの市内にアパートメントを借りることができて安いレンタカーも手配できました。海外遠征のとき航空券の手配も大変ですがこの現地での移動手段と宿泊の手配が一番の問題です。オフィシャルホテルがしっかりしているトーナメントは楽ですがあまり明確ではないところもあるのでこのクライストチャーチは大変でした。
シングルのドローは僕は5-8シードでした。 ランキング的には3-4シードですがそこは外国国内ランキングも絡んでくるのでだいたい8シードです。
このオーストラリアナショナルはこのトーナメントの結果を参考にして世界選手権のナショナルチームが決定するため我々外国人はちょっとやりにくいのです。もしシードを食ってしまうとナショナルチームが少しくずれてしまうので。
という線で8シードが妥当な所です。
to be continued
シングルのドローは僕は5-8シードでした。 ランキング的には3-4シードですがそこは外国国内ランキングも絡んでくるのでだいたい8シードです。
このオーストラリアナショナルはこのトーナメントの結果を参考にして世界選手権のナショナルチームが決定するため我々外国人はちょっとやりにくいのです。もしシードを食ってしまうとナショナルチームが少しくずれてしまうので。
という線で8シードが妥当な所です。
to be continued
2007年01月15日
2006Australian natinals
毎年一月の第2週はオーストラリアのナショナル選手権に参加しています。 今年も今日からパースで行われているのですが諸事情により参加しませんでした。 この試合はシニアツアーのアジアオセアニア地区では唯一のグレード1の大会でオーストラリア各地を回っていますが2005年は史上初めてニュージーランドと共同開催になりニュージーランド南島のクライストチャーチで行われました。 僕にとってニュージーランドは思い出の国、2001年のニュージーランドナショナル選手権でナショナル選手権初タイトル、全日本より先に取った所です。前回のオークランドとは違いクライストチャーチは風が強く一月だというのに結構寒くセーターが必要なほどでした。 初めての土地でしたがオーストラリア人の友達の伝手でクライストチャーチの市内にアパートメントを借りることができて安いレンタカーも手配できました。海外遠征のとき航空券の手配も大変ですがこの現地での移動手段と宿泊の手配が一番の問題です。オフィシャルホテルがしっかりしているトーナメントは楽ですがあまり明確ではないところもあるのでこのクライストチャーチは大変でした。
シングルのドローは僕は5-8シードでした。 ランキング的には3-4シードですがそこは外国国内ランキングも絡んでくるのでだいたい8シードです。
このオーストラリアナショナルはこのトーナメントの結果を参考にして世界選手権のナショナルチームが決定するため我々外国人はちょっとやりにくいのです。もしシードを食ってしまうとナショナルチームが少しくずれてしまうので。
という線で8シードが妥当な所です。
to be continued
シングルのドローは僕は5-8シードでした。 ランキング的には3-4シードですがそこは外国国内ランキングも絡んでくるのでだいたい8シードです。
このオーストラリアナショナルはこのトーナメントの結果を参考にして世界選手権のナショナルチームが決定するため我々外国人はちょっとやりにくいのです。もしシードを食ってしまうとナショナルチームが少しくずれてしまうので。
という線で8シードが妥当な所です。
to be continued
2007年01月15日
2006Australian natinals
毎年一月の第2週はオーストラリアのナショナル選手権に参加しています。 今年も今日からパースで行われているのですが諸事情により参加しませんでした。 この試合はシニアツアーのアジアオセアニア地区では唯一のグレード1の大会でオーストラリア各地を回っていますが2005年は史上初めてニュージーランドと共同開催になりニュージーランド南島のクライストチャーチで行われました。 僕にとってニュージーランドは思い出の国、2001年のニュージーランドナショナル選手権でナショナル選手権初タイトル、全日本より先に取った所です。前回のオークランドとは違いクライストチャーチは風が強く一月だというのに結構寒くセーターが必要なほどでした。 初めての土地でしたがオーストラリア人の友達の伝手でクライストチャーチの市内にアパートメントを借りることができて安いレンタカーも手配できました。海外遠征のとき航空券の手配も大変ですがこの現地での移動手段と宿泊の手配が一番の問題です。オフィシャルホテルがしっかりしているトーナメントは楽ですがあまり明確ではないところもあるのでこのクライストチャーチは大変でした。
シングルのドローは僕は5-8シードでした。 ランキング的には3-4シードですがそこは外国国内ランキングも絡んでくるのでだいたい8シードです。
このオーストラリアナショナルはこのトーナメントの結果を参考にして世界選手権のナショナルチームが決定するため我々外国人はちょっとやりにくいのです。もしシードを食ってしまうとナショナルチームが少しくずれてしまうので。
という線で8シードが妥当な所です。
to be continued
シングルのドローは僕は5-8シードでした。 ランキング的には3-4シードですがそこは外国国内ランキングも絡んでくるのでだいたい8シードです。
このオーストラリアナショナルはこのトーナメントの結果を参考にして世界選手権のナショナルチームが決定するため我々外国人はちょっとやりにくいのです。もしシードを食ってしまうとナショナルチームが少しくずれてしまうので。
という線で8シードが妥当な所です。
to be continued
2007年01月07日
ITFシニアサーキット
ITFシニアサーキットのシステムは前回説明しましたがこれらの試合の頂点である大会はシニア世界選手権です。この大会は唯一ITFが主催する大会で毎年世界各国持ち回りで行われます。 昨年は南アフリカのダーバン、そして今年はトルコのアンタリアで四月に行われる予定です。 試合は2週間で第い1週が団体戦、そして2週目が個人戦です。個人戦は
普通のトーナメント形式ですが団体戦はシニアのデ杯のようなもので2シングルス1ダブルスでリーグ戦の後順位別トーナメントという形です。 この代表選手は日本テニス協会の派遣選手で殺伐とした個人戦とは少々異なり皆勝負にはシビアですがアフターテニスはウエルカムカクテルパーテイー、
デイナーパーテイーなどとてもフレンドリーで世界中に友人が出来て楽しい試合です。 さすが試合のほうはアメリカは
パトロンがサポートで参加してるし、イギリスは日当制など各国気合をいれて団体戦を勝ちにきているのでシード国を破るのは大変です。 過去最高は2003年のドイツ大会去年の50歳の全日本チャンピオンの小川敏さんと組んで9位に入ったのが最高です。 個人戦では1999年アムステルダムでベスト8が最高です。 この話はまた後で書きます。
今年もトルコで4月行われますのでちょっと興味を持ってもらえればと思います。
普通のトーナメント形式ですが団体戦はシニアのデ杯のようなもので2シングルス1ダブルスでリーグ戦の後順位別トーナメントという形です。 この代表選手は日本テニス協会の派遣選手で殺伐とした個人戦とは少々異なり皆勝負にはシビアですがアフターテニスはウエルカムカクテルパーテイー、
デイナーパーテイーなどとてもフレンドリーで世界中に友人が出来て楽しい試合です。 さすが試合のほうはアメリカは
パトロンがサポートで参加してるし、イギリスは日当制など各国気合をいれて団体戦を勝ちにきているのでシード国を破るのは大変です。 過去最高は2003年のドイツ大会去年の50歳の全日本チャンピオンの小川敏さんと組んで9位に入ったのが最高です。 個人戦では1999年アムステルダムでベスト8が最高です。 この話はまた後で書きます。
今年もトルコで4月行われますのでちょっと興味を持ってもらえればと思います。
2006年12月22日
ITFシニアサーキット
僕が参加しているITF主催のシニアサーキットの話をします。 この試合は日本のシニアの試合と同様男子は35歳から5歳刻みで85歳まで女子は日本と違い35歳から85歳までというカテゴリーで世界各国で100以上の試合が行われています。 アジアではアジア選手権がタイでそのほかインドとパキスタンで行われていますが残念ながら日本ではありません。これらの試合の頂点が毎年行われている世界選手権でカテゴリーA, これからカテゴリー1から4までに分かれており、カテゴリー1はヨーロッパ選手権、オーストラリア選手権、USハードコート選手権などです。アジア選手権はカテゴリー2です。3,4の試合はちょっとマイナーな国のナショナル選手権やスポンサートーナメントです。グレードが低くても意外に賞金が高い試合もあります。
これらの試合はすべてITFのコンピューターで管理されており54週間のベスト5大会の合計点でランキングが決まります。日本のベテランポイントもこのシステムに合わせたもので当初はベスト2大会でした。 このパターンは我々日本人、アジア人にとってはまったく不利なものであり、欧州人にとっては近隣の国でたくさん試合があり、米国人、豪州人にとっては国内で5-6試合参加できるという点です。というわけで若い世代でほとんどトップ50に入っているアジア人は2-3人です。 ランキングにはいるのは大変ですが日本の試合とは違う雰囲気、またおおらかさで結構楽しい時間を過ごせることでスポット的に参加してみると楽しいです。
これらの試合はすべてITFのコンピューターで管理されており54週間のベスト5大会の合計点でランキングが決まります。日本のベテランポイントもこのシステムに合わせたもので当初はベスト2大会でした。 このパターンは我々日本人、アジア人にとってはまったく不利なものであり、欧州人にとっては近隣の国でたくさん試合があり、米国人、豪州人にとっては国内で5-6試合参加できるという点です。というわけで若い世代でほとんどトップ50に入っているアジア人は2-3人です。 ランキングにはいるのは大変ですが日本の試合とは違う雰囲気、またおおらかさで結構楽しい時間を過ごせることでスポット的に参加してみると楽しいです。






